2018 S32同期会旅行記                    
  私たちがまだ若い頃は、80歳の人はそう多くは無かったように思う。その80歳に,、私たちの年代が到達した。かつて、私たちが車を持つ日が来るとは全く考えていなかったが、今ではそれが当たり前、携帯電話を持たない人は、少しつむじの曲がった人でしかない。
 その80歳を記念して、一泊旅行が計画され、美杉男幹事長の下で、希望者が募られ、その数が、30数名になったとのことであった。時は、10月24,25日、行き先は、琵琶湖方面で、具体的には、比叡山、近江八幡、長浜とし、宿泊は琵琶湖グランドホテルという内容である。年齢的に、もう遠方は困難で、行ったことのある人は多いかもしれないが、近い所として選ばれた由。
 24日、雲はかなりあるが、これからだんだんよくなって来るという予報。津駅西口9:00出発という予定で徐々に参加者が集まる。ところが美杉男幹事長の言に依れば、日程を勘違いしていた人があって、36人の予定が、34人になったとのこと。80歳ともなると、このようなことが起こっても、さほど不思議では無い。一人あたり、若干費用が上昇するので、承知してほしいとの話。津から乗るのは、東京から前泊で来られたお二人、名古屋からのお二人を加えて、26人で、少し遅れて来た2人を乗せて、9時過ぎにバスは出発した。
 土山SAで休憩、ここは上りと下りの駐車場は当然別だが、トイレ、売店等が一緒になっており、うっかりすると、反対の駐車場に出てしまって、バスがいなくオロオロする例がある。しかし、今日は全員無事にバスに戻れた。JR大津駅で、大阪、東京からの6人が乗車。ここでは、駅のすぐ前にはバスが行けないので、少し離れた所に停車し、観光社の小山さんが迎えに行く。バスが止まったところに丁度公衆トイレがあったので、すでに車中でかなりビールを消費した人たちが、ここに駆け込んだ。出発は11時頃だった。
 大津の町を抜け、近江神宮前を過ぎ、比叡山ドライブウェーに入る。徐々に、眼下に琵琶湖が広がる。少し霞んではいるが、遠く対岸の近江富士(三上山)が望まれる。随分以前のことだが、このドライブウェーが開通して間もない頃、ここを走ると、両側の斜面に、丈の長い草が植えられており、ガイドさんは、これは、weeping love grass と言います、と教えてくれたが、今は樹木、草木が茂って、その面影は偲ばれない。
 延暦寺の駐車場をいったん通り過ぎ、昼食場所、比叡山峰路レストランに着く。広い駐車場の向こうに、大きな像があり誰の像かと近くまで行って確認すると、伝教大師(最澄)の像であった。法衣に頭巾を被り、大きな数珠を手にして、祈っている姿。頭を下げて拝む。
 昼食は、ごく普通の弁当であったが、小山さんの話では、皆さんこれは、1000円か1500円位いと思うでしょうが、山の上ではその値段では食べられません、もっと高いのです、とのこと。食べ終わったあとの、バスの車中での話だったので、残念ながら、ありがたみは少なかった。ここの展望台からは、琵琶湖大橋は見えなかったが、琵琶湖の南部が美しく見え、先ほど見た近江富士、琵琶湖南端の近江大橋もよく見えた。
延暦寺へ参道を行く
 バスで少し戻って、延暦寺の駐車場から、お寺に向かって歩く。道の両側に、延暦寺で修行した、僧侶の絵が掲げられている。最澄、空海、法然、親鸞、栄西、日蓮、一遍、と名をよく知っている多くの僧が、宗派を問わずここで修行していたことが分かる。  坂道を上がったところに、大講堂、その向こうに鐘楼がある。大講堂にお参りし鐘楼の前で集合写真を写す。直前、鐘楼の前には、我々より若い女性が10人ほど並んで、写真を撮っていたが、我々はその後、並ぶ。鐘楼は朱塗りで、バックの青空に映え美しい。小山さんがシャッターを切るのだが、かなり後ろに下がっていて、これだと顔が小さくしか映らないのではないかと心配だったが、後の話では、真っ青な空を入れたかったので、後ろに下がったとの説明であった。苦労を察してほしいと言う感じ。
 なだらかな階段を下りて、根本中堂に行くと、ここは今、大改修中で、頑丈な鉄骨に覆われ遮蔽されている。一応中に入ることはできるので、靴を脱いで入る。内陣を見下ろすように、拝観者の通路が設定されている。ここには、伝教大師の願いが込められた法灯が、1200年の間、輝き続けている。不滅の法灯、と言う由。改修は、平成28年から始まり、10年掛けて行われるそうで、1口2000円の寄付を求める払込票を受け取った。5口以上の寄付をすると、境内の寄進者銘板に、記載されるそうなので、信心深い方は今からでも、事務局宛振り込みをされるとよいのではないかと考える。
 そこから、1段の高さが30〜40cmもあろうかと思われる、急な石段を上がると、文殊楼という楼門があり、この中に入って、上まで登ることができる。その階段はまた実に急なもので、傾斜は60度以上かと思われた。上がりはしたが、回廊に出ることはできず、小手をかざして絶景を見ることは叶わなかった。
 延暦寺の見学(拝観?)は終わり、ここから、奥比叡ドライブウェーを走る。1966年に開通したので、一昨年50周年を迎えたそうだ。緑に囲まれ、ところどころ木々の間に、琵琶湖が見える。ここからは、琵琶湖大橋も視界に入る。木々はまだ殆ど緑で、紅葉はまだまだである。出口の、仰木という所まで、道の両側には、延暦寺のいろんな堂塔があるのだが、それらには入らない。
 
ご機嫌のひととき?
 着いたホテルは、琵琶湖グランドホテル。場所は雄琴。昔は雄琴と言えば、それなりの響きがあり、一般的な宿は少なかったが、今は、ごく普通の温泉宿になっている。玄関は、新しい建物で、京近江と名がつけられているが、我々の案内された場所は(古い?)西館で、2カ所ある大浴場は、歩くとかなりの距離があった。遠い方は、琵琶湖が見える大浴場、近いところは、琵琶湖は見えず日本庭園が見える。私たちの部屋の者は、近くの方に行った。入った時は、誰もいなくて貸し切り状態であった。6時に始まった宴会は、いつものように和気藹々、写真撮影の後、しばらく食事を楽しみながら懇談、そしてカラオケタイムとなる。一人で歌う人、デュエットで歌う人、3人で歌う人、その間に大女将の踊りが入る。赤い蹴出しが目に映る。最後は、高校3年生、と津高校歌。みんなが輪になって手をつないで歌う。舞台の上には、美杉男幹事長が一人寂しく、マイクを持っていたが、そこに宿の仲居さん(若い、そこそこ?)が、寄り添って歌ってくれた。幹事長は、とても嬉しかったらしい。
“宴”を前に全員整列!

 明けて25日は、素晴らしい快晴、雲一つ無い素晴らしい天気である。朝食は6:30からで、出発は8:40とゆっくりできるスケジュール。バスは坂本から、仰木を経て、琵琶湖大橋を渡る。1964年に開通した琵琶湖大橋は、当時としては長大な橋だったが、今ではこれより大きい橋がいくつもある。しかし、琵琶湖の北と南の間を掛け渡る橋は、右を見ても左を見ても、美しい湖が 眺められ、いい気分になる。
 橋を渡ってからは、湖岸道路を走る。湖岸道路と湖の間は、松並木だが、先日の台風の為、多くの木が折れたり倒れたりしていて、痛々しい。作業員が片付けをしている所もあったが、かなりの時間がかかりそうだ。琵琶湖マイアミ浜という所を通過する。ウィンドサーフィンをやっている人が10数人いる。近江八幡が近づくにつれ、琵琶湖の北部が見えてくる。南部とちがって、広い湖面が目に入る。昔、人々はこれを「うみ」と呼んでいたとか。
高きに登れば 眼下に琵琶湖が広がる
 近江八幡の、八幡山ロープウェーの駅前に前に来る。いつもなら、もう少し進んで、老舗の菓子屋「たねや」の前にバスが止められるのだが。今日は、町の祭りで駐車が制限されている。ロープウェーの駅の前を集合場所として、ここからロープウェーに乗る人、町を散策する人に分かれる。11時、再集合とする。
 日牟禮八幡宮の前を通り過ぎて、「たねや」に行く。ここで売っている「栗月下」と言うのが、とても美味しくて、これを買ってくるよう依頼されている。まずこれを求め、さらに他のものも買う。ロープウェーに乗らないのなら、近江八幡の町並みを散策すべきであるが、私は、ここに2回来たことがあり、あちこち歩いているので、今日は失礼し、店の横の茶席でお菓子をいただきながら、 同じ考えのH君と、いろいろ話して時を過ごした。しばらくすると、ロープウェーから戻ってきた女性の方々が来られて、同じようにお茶とお菓子を楽しんでみえた。「栗月下」が美味しいと、2、3の人に伝えたのだが、これがかなり横に広がり、これを求めた方が多かった。「たねや」のこのお菓子の売り上げに若干貢献したかもしれない。もっとも、私は美味しいと思っているが、これは人それぞれの好みもあることなので、保証はしない。 11時の集合時間になったが、O君の姿がない。お昼は「くぼたや」と言う近江牛の店でとることになっていて、この駅前に店の人が迎えに来てくれ、道案内をしてくれることになっている。しばらく待っても、姿は見えない。とりあえず、集まった人だけでお店に向かう。小山さんが残って待っていることになる。店の人は、歩いて7〜8分と言ったが、多くの人の意見では、10分以上かかるとのこと。近いようではあったが、10分はかかった。さて、店に着いて皆席に座ったけれど、O君との連絡が取れない。小山さんもあきらめて店に来たが、しばらくして、幹事長と携帯での連絡がついた。しかし話を聞いていると、どこにいるのかよく分からない。結局なんとかして「くぼたや」に来てくれと言うことになり、しばらくすると姿を見せた。「たねや」の付近には居たらしいのだが、よく分からないので、店に人に聞いてみると、では送ってあげましょうと言うことになり、軽トラで、送ってもらったとのことであった。店の人には大いに感謝しなければならない。近江牛の昼食は、柔らかい肉で、これを陶板の上で好きなように焼いて食べる。さすがに柔らかく、美味であった。
車中の談笑もまた楽し!
 またバスに乗り長浜に向かう。予定表では、近江八幡ICから名神に乗り、北陸道長浜ICでおりるとなっていたが、そうではなく午前と同じように、湖岸道路を走った。運転手さんの判断だったと思うが、時間的にはどうか知らないものの、こちらの方がもちろんずっと景色が良く、これは正解であった。 このあたりからは、琵琶湖の一番広い景色が見え、遠くに竹生島も眺められた。湖はかなり波が白く立っており、風が結構吹いているようだった。
 長浜の町の、お旅所駐車場でおりる。 ここは降車専用で、バスはいったん遠くの駐車場行 き、約束の時間に戻ってくる。時刻は13:40、出発は15:00となったので、それほど時間は無い。私たちのグループは、まず巨大万華鏡を目指した。すぐ近くの、黒壁ガラス館を通り抜け、ちょっとトイレを拝借し、さらに歩くと、路地があってここに入る。何か工事をしているので、休みかと思ったが、さらに奥に入って行くと、高さ数mの万華鏡があった。下から上を見上げると、複雑な万華鏡の模様があり、手元のハンドルを回すと、次々模様が変化して行く。子どもの頃、小さな万華鏡はよく見たが、こんな大きいのは初めてである。ハンドルを回しきると、次はこれを逆に回す。元の模様が出てくるのかどうかは分からない。首が少し痛くなった。
 次に、曳山博物館に行く。ユネスコ無形文化財「長浜曳山祭」の山車が見られるのだが、料金もかかり、時間も少ないので、入り口に入っただけで失礼し、大手門通りに出る。そこに、「こめか」と言う茶房があり、コーヒーが美味しいと、町歩きマップの解説にあるので、そこに入った。何がお薦めですかと聞くと、皆さんマイルドコーヒーを頼まれる方が多いですとの話、何のことは無い、普通のブレンドコーヒーだ。 キリマンジャロとか、モカとかいろいろな名前もあったが、それを頼むほど通な人は仲間に居なかった。しばらくすると、同行の女性方が10人以上、お店に入ってこられた。聞いてみると、すぐ先の、蜜豆の美味しい店で、蜜豆を食べ、それからここに来たとのこと。女性方の生命力は、なるほどと思わせるものがある。われわれ男性は、蜜豆を食べる元気は無かった。
 15時バスは、米原で、東京、名古屋に帰る人を下ろし、長浜ICに向かった。と、後ろの方から声があり、誰かカメラを忘れていったぞ、とのこと。多分、そこにはW君が座っていたから、彼に違いないと、すぐ電話をかける。果たして、「あ、落としてきた」との反応がある。小山さんがカメラを持ち、駅の方に走る。しばらくして、息も絶え絶えに戻ってきた。こんなに走ったのは近来無いことだ、と。いろいろハプニングがあったが、それも後から話の種になる。告白するが、私も。今日の昼食のとき、飲んだビールの代金を払い忘れてしまい、残ったI君が、おい、払ってきたぞと声かけてくれて、あ、そうだったと思い出した次第。
 名神八日市から、地道におり、再び土山ICから新名神に乗る。亀山JC手前で若干渋滞し、遅れたが、無事、関ドライブインに着いた。ここで2人が降りた。驚いたことに、ここの売店で、まだ買い物をする人が居る。今までのお土産等も含め、これだけ消費すれば、日本経済にも若干貢献したかもしれない。
 津駅西口には予定より10分の遅れで帰着した。2日とも、好天に恵まれ、いろいろな事件もあったが、全員無事帰ることができてよかった。
 お世話になった幹事長、小山さんにお礼を申し上げ筆を置く。なお、今後この旅を続けるか否かは,幹事長の胸次第とのことらしい。
(終わり)
Photo:HERO    Web Edit:☆G

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送